all things must pass

記録と備忘録による自己同一性の維持を目的とするものです。

2/22 あ、ニャンニャンニャンの日だ。

東京へ一泊二日の出張の筈が、一昨日から始まった風邪が悪化。本日のメインイベントであった某件会議へは、自宅からテレカンファレンスで参加。場の雰囲気をリアルに把握したかったのだが致し方なし。夜中に三回も着替えるような汗をかいてるようでは、今夜の宿の大塚のビジネスホテルで客死しかねない。

 

会議終了後は布団でうたた寝。汗が冷えて目を覚ましたので、昨年末のリフォームで新装なった風呂を昼間から沸かして体を強制的に温めることに。風呂では0011ナポレオンソロの劇伴集を聴きつつネット。本日が222であることをようやく思い出し、猫画像と猫動画にしばし惑溺。

家人も息子もネコアレルギーであるので(あったので)、結局当家にいまだネコは居ないのだけど、これで最後の一人になるようであれば、迷わずご来臨いただこうという決意を「新たに」する。

 

そしてfacebookアカウントの削除と、blogの再開。

浅草ツアーは楽しかったが、いろんなことを楽しんではいけないという制約が自分に掛かっている事を再確認。つまり2/13に帰ってきてからは、禁則事項に触れたことによる抑うつ状態で七転八倒しており、割合に正気に戻ったのが一昨日のことだ。いやそんな一時的な事じゃない、年末からおかしかったね、認めよう。

理性があるものは矛盾によりおかしくなる。その事を最初に学んだのは多分小学校二年の時で、スピーディというロボットの話からだ。もしかしたらプログラマになりたい気持ちのタネもこの辺りで植えられたのかもしれないが、まずは矛盾の話だ。

ワタシにおける矛盾は、不可逆な分岐点を一年前に過ぎているにも関わらず、なお「日常」を継続しよう、修復しようとしたところに始まる。「日常」の真似が上手くなればなるほど、不在が浮かび上がってくるのは道理で、何となればワタシの「日常」は、ある人物がいて成り立つという定義だからだ。そして、これは公理なので論証は不要なのだが、迎えが来るまで、ワタシ達はきちんと暮らしていかなければならない。つまり矛盾を是として、抑うつ状態にはまり込んでいる訳にはいかない。だから「日常」の維持を諦めて、ワタシ達が維持できる範囲に世界を狭めて、その中で正気を保って行こう。すごくつまらない余生のような気もするし、何という恩知らずな態度だろうとも思う。だけどね、迎えが来るまでは持ちこたえなければならないのだ。

 

と、書いてて突如気がつく、これは宗教の考え方ではないか。メシアの再臨を待つもののロジックと同型だ。(さっきから公理と書いていたのは、図らずも大当たり。公理で無い宗教などあるものか)

メシアの再臨、英語で書くと "The Messiah will come again"。Roy Buchananの曲のタイトルである。最初に聴いたのはクロスオーバーイレブンだから、多分中学二年生ごろではないか。

www.youtube.comなぜメサイアが再びやってくるのにこんなに悲しげな曲なのか。当時は判らなかったが、曲の冒頭に入っているつぶやきを読めば(聴く力はないなあ)腑には落ちる。

lyrics.wikia.comメサイアとは、もう一度やってきて欲しいけど、二度とやってくる事が無いものの象徴なのだね(※)。その通りだ。再びやってくる筈がないものを待ち続ける、そのうちに話に尾ひれが付いたり、来ないのを誰かのせいにして、宗教は大きく転がったり、分かれたりしながら進む。でも出発点は、メサイアが去ってしまってあとに残された者の悲しさにある。まさか自分がそれを理解する日が来るとは思わなかったが、ワタシには判る。判る様になってしまった。母方の実家が大型宗教法人関連で、人の集まりとしての宗教を身近で見ていなければ、万が一くらいには、その方向に流されていたかもしれないという事も。しかし、それも今日のイシューではない。問題は、どうやって悲しさを抱えたまま、しかも正気を保ったうえで(誰かに悲しさを預けてしまわない、という事ももちろん含む)、メサイアを待つかということだ。

※いつか来るならこんな曲にしないぜ。もちろんそんな事は抜きにして、これはホントに名曲、名演だと思う。初出が1972年、上のは1976年のセルフカバー版。二回やったのは良い曲だと本人も思ってるからだし、この曲を紹介する時にはみんな76年版を使う。ワタシもそうした。

  

持ちこたえられる範囲で持ちこたえるために世界を縮めるという、ずっと避けていた結論をようやく受容したのがこの2,3日のことだったのだ。そうしてfacebookのアカウントを削除し、blogにはお詫びを正式に掲載して、タイトルも変えた。

これから、すごくつまらない、サビシイ生活が始まる。正しくは、ずっとそこに控えていた、つまらない、サビシイ生活と向かいあっていく。しかし、だからこそメサイアの再来を待つことができるのだと思う。うーむ、本当に宗教の人のようだ。いや、オイシイものも食べるし、ビジネスも貪欲に進めるし、自転車にも乗るし、七つの大罪はきっと続くよ。でも、変わってしまったことを認める日が来てしまった。この悲しさはうまる事はない。

 

でも、もしかしたら。ちっちゃくて、茶色い、猫が一緒に寝てくれて、そして朝に顔を舐めて起こしてくれるのだとしたら。もしかしたら。 

 

www.youtube.com

 

2/22にようやく帰ってきた。なんと言っても今日はニャンニャンニャンである。猫ネタが無ければ終われないではないか。

 

ネコ飼いたい。

2/20 縮退

次元波動超弦励起縮退半径跳躍重力波超光速航法

のための炉ではなくて、戦線の縮小ということ。

 

 

もともとこのBLOGは、読まれることが無い手紙を書いているに過ぎず、

生きている人が読むことを想定してアレコレ書くのは、少なくとも私においては賎ましいことである、

その出発点を忘れたらあかんのですなあ。

 

自分の始末は自分一人でなんとかせねばとおもっていた人生であったのに、見たこともないとてもまぶしい光を得て、しかしその光が確率の暴力により突如失われてしまいまして、あとは寿命が来るのを待つだけという身であれば、生きるに際して楽しいという言葉はありません。早くお迎えが来れば良いと朝に夕に思っております。

その事をうまく皆さんにお伝えできず、誤解させてしまったことを大変申し訳なく思っております。

 

どうか皆さんは楽しくお過ごしください。

 

私はここで、お迎えが来るまでの暇つぶしに、アレコレ記録を残していきます。

さようなら生きている皆さん。ありがとうございます。さようなら。お幸せに。ご厚情に感謝します。

 

2/10 JALのシステム改悪 c/w 楽天トラブル

あの日から一年経ってしまうことを何らかの形で整理するために、家人と一緒に白井良明さんのライブに行くことにしたのは去年の9/3の事だった。

良明さんは2017年にプロ生活45周年、ムーンライダーズ加入40周年となるダブル・アニヴァーサリー・イヤーを迎えられて、ソロを出したり、ライブハウスサーキットをされたり、旧年9/3には、金沢はもっきりやでファンの集いも催されたのだった。

septiembreokbj.hatenablog.com

MOONRIDERS FAMILY TRUSTに入っているので会員向け先行予約でチケットはさくっと押さえられ、それに合わせて飛行機とホテルのセットもの、「JAL楽パック」を楽天トラベルで予約したのだった。45日前以前の予約だと、(まともなホテル2泊3日分+JALの往復チケット)×2人で6万円強。これは安い。

もちろん「おとなび」が使える歳になってしまっている私どもとしては、これを主軸に考えるという途も無くはないのだが、使用日の一月前にならないと買えない(オレ、忘れっぽいんで日が決まってるのは苦手なんだ...)、馬鹿みたいに混んでいる金沢駅の緑の窓口に行列しなければならない(このまえ一時間攻撃を喰らった...)、22000円x2=44000円はいいとしてJAL楽パックとの差額からするとホテル予算が一泊5千円/人になり出張と同じかそれ以下のレベルになってしまう(ビジネスじゃないんだ、メモリアルトリップなんだ、匂いが染みついて取れないバスルームとか、ボコボコのベッドとか、そういうのはゴメンだ)、などなどでやはりJAL楽パックしかないだろうという結論になったのだ。

(おとなびはコレを見よ)

tickets.jr-odekake.net

ちなみに、予約を取り終わってずいぶん経った頃に上記WEBを別の用事で見直したところ、2/12は「おとなび」の期間外だということが判明。無駄に頭を使ったとみるか、自分の中の費用対効果の物差しおよび物事の優先順位の再確認をする機会を得たとみるか。ま、後者ということにしておく。

 

 

さてさて、そのような訳で、アタシと家人は楽天トラベルが販売するJAL楽パックを使って2/12に浅草公会堂で催される白井良明さんのライブを見るために東京に赴くのであるけれども、そのためには何しろ小松空港に行って、飛行機に乗らなければならない。

どうやって小松空港まで行くか。普段ならまったく気にならないこの設問も、この一週間はまったく異なる意味合いを持ち、最悪往路のJALチケットを放棄してでも(そして片道分の北陸新幹線の代金を追加で支払うことになってでも)東京に向かうという後退不能な絶対防衛線的な覚悟を固めるまでに至っていた。

幸い、雪もやみ、幹線道の通行も確保されており、家の雪山から車を掘り返して表通りまで出ることも目処が立ち、最大の問題は解決される見通しが立ったのが昨日のことだった。予定通り、小松から飛行機に乗れる。よかった。

そしてワインバーグの法則が発動するのであった。

ジェラルド・ワインバーグ - Wikipedia

ルウディーのルタバガ法則
第一番の問題を取り除くと、第二番が昇進する。

 はっはっはっ、その通り。

 

今回昇格した二番目の問題は、JALのタッチ&ゴーというサービスが何をどうやっても使えるようにならないという事だった。

see this!

travel.rakuten.co.jp登録したスマホがあれば、カウンターにもよらずにチェックインできるという便利なサービスで、コレ無しで飛行機に乗るというのはもう考えられない。使い始めて何年になるだろうか。

ただこれを使うには一つ儀式があって、JALの予約サイトから「タッチ&ゴー」の選択をしなければならない。というわけで、ブラウザを開き予約を選んで指定をしようとしたところ、予約が見つからないという自体に直面したのであった。

無い、無いではないか。

 

落ち着いてサイトを眺めれば、「JALからの予約」、「JALパックの予約」、「その他のツアーの予約」と区分を選んでから表示するように変わっている。JAL楽パックは「その他のツアーの予約」かと諒解し、そのタブに切り替えるのだがそこにも予約は表示されない。そこで日時、便名、予約番号、搭乗者氏名をわざわざ入力し(※)、検索ボタンを押下すると、よかった予約が表示される。

※以前は、こんな手間は必要なかった。楽天JAL MILAGE BANKの会員番号を登録すると、JALサイトでは何も言わずに表示されていたのだ。

 

なんとレベルの低いことで喜んでいるのだ、とあきれる事なかれ。IT屋であるところアタシは、一見完璧に見えるシステムにも実は深いクレバスが幾つも潜んでおり、それに落ちると、場合によってはカフカの審判よりも理不尽な目にあうということを経験上熟知しているのだ。完璧に見えるシステムのほうが、いざというときにはサポート窓口が高飛車だったりするということも。うちのシステムに問題なんかありません、そんな話聞いたこともありません、お客さん失礼ですけどクレーマーですか?録音してますよ。そういう調子のに当たると、不具合の再現確認を向こうがやり始めると一時間などあっという間に飛んでしまう。なおこの場合のシステムはITシステムに限らない、本義の意味のシステムで、販売プロセスやサポートフローなどが発狂しているというのも含まれる。それがために、二度とASUSの製品は買わないと決めている。

いや、またドリフトした。

 

さて、予約が表示されたので「タッチ&ゴー」の指定をしようとすると、いつも見慣れたボタンが画面上に存在していない!またか、またなのか、またクレバスなのか?

そこから一時間、ああでもない、こうでもないとJAL楽天トラベルの間を行ったり来たりしながら格闘してみたのだが、何をどうやっても状況が変わらない。ようやく諦める決心をして、担当者につながるまでに待ち時間も含めて22秒ごとに10円がかかるJALの電話サポートに連絡を取ることにする。回線がつながってから担当者がアサインされるまで待たされること10分(ということはそれだけで三百円か!!!!)、ようやく登場した担当者に縷々説明をすると、あきれる他ない事実が判明。

  1. 他社経由のツアー申し込みは、スマホ経由のタッチ&ゴーは出来ない。だからボタンが無い。
  2. これは昨年11月のシステム改修によるもので仕様と理解している。
  3. お客様からの苦情があるのは承知しているがあしからずご了解いただきたい。

またかよ、クレバスだよ。

ただし普通のクレバスと趣が異なるのは、事象を認めるまでの異例の早さと、それとセットの間髪を入れない謝り方だ。普通この手の話は、問題があることを認めないし、事象は理解したと言っても最後まで謝らない。ということは、すでに大量に指摘が発生しており、かつ仕様と言い切って免責事項の説明をし始めると大いにもめるという知見が共有され、窓口に指示として降りてきているとしか思えない。でなきゃ逡巡も無く謝れるものか(みなさんご承知の通り、サポート窓口は謝ること一つとっても自分の意思では行えないのだよね。勝手に謝ったら会社が謝ったことになってしまうから。まあ、そりゃそうだ)。謝られたということに対してではなく、簡単に謝らざるを得ないという状況になっていることにimpressされたアタシであったので、「せめてWEBにはきちんと説明をするようにクレームしておくから応対レポートには必ず残しておいてね」とジェントルに電話を切ったのだが、そのあとでこの一連のやりとりには不思議な違和感があることに気がついた。

もちろんちょっと考えられないシステム改悪である。サービス仕様を変えるなんて。しかしそこに違和感がある。なんとなれば発注者側の顧客(今回はJAL)の担当者が以前の仕様(サービスレベル)を墨守するしてことにこだわるのが(そして費用が膨れ続けてITベンダーが泣かされるのが)過去によく見てきた話であって、特にBtoCやBtoBtoCのカスタマー向けの顔を持っているシステムの改変というときにはほぼ間違いなくそれが起きる(それが良いとは言ってないので誤解無きよう)。しかし今回に限っては、仕様変更やむなし、後退なし、という企業の態度が伝わってきた(ような気がした)。なぜなのだろう。そもそもこの改悪はどこのベンダーがやったのだろう。

それを明らかにするために、「JAL システム ベンダー」でググると、すぐに答えが見つかるのだった。

 

itpro.nikkeibp.co.jp

itpro.nikkeibp.co.jp

ああ、コレなのですね。

現行システムのうち、米IBM製のメインフレーム上で稼働している予約・発券・チェックイン処理などを、スペインのアマデウスが提供するクラウドサービス「Altea(アルテア)」へ移行する。

自前システムを捨てて、有り物のクラウドサービスに移行する、引っ越し先にないものはサービスダウンでもあきらめる。ビジネスのロジックとしては、判る。自分もその局面なら同じ判断をするだろうな。でも、それと同時に周知の手配をこれでもかという位に準備するだろうな。一度あきれたお客さんは、中々同じレベルの顧客ロイヤリティにもどってくれないからだ。

二年ほど前だから、JALが復活して顧客の方を向いた良い会社になったと言われ出したあとの事だ。金沢に帰るために羽田の出発ゲート前でClass Jの空席待ち受付が始まるのを待ってたアタシはなんだか嫌なものをみた。受付のシステムを「偉い人」に説明するための社員さんの一群がやってきて、機材到着遅れでいらいらしながら待っている我々を尻目に、楽しそうに語らい、笑い、説明の出来に満足の意を表明した「偉い人」をアテンドしながら去って行ったのだ。約10分の出来事だった。その間、彼らはすでに30分遅れてイライラしている我々の方を一切見ることはなく(それも忝さから目をそらすのでは無く、まったく目に入らないという様子で)、社内のオフィスで打ち合わせをするように語らい、笑っていたのだった。幾分大きめな声で、いつ乗れるんだとカウンターのスタッフに問い詰めていた人もいたのだけどね。ああ、JALJALのまんまだなあと、そのときに痛感したのだ。「稲森」さんがいくら立派なことを言っても、JALJALなのだ。

そのような事を思い出したところで、本稿はいつものごとく唐突に終わる。システムの仕様ってのは永遠に変わらないものじゃないし、実現するのに馬鹿みたいな金がかかることになってあきらめるのもごく普通のことだ。ただ、それをきちんと告知できないというのは全然違う次元にある。サポートの応対マニュアルを書き直している暇があったら、さっさとWEBのコンテンツをもっと親切にすべきだ。当たり前のことができない会社は、きっとまた危機に陥るであろう。悪口?いやいや、素直な気持ち。

 

 

では明日の小松空港行きに向けて車の発掘をしよう。「何とかなりそう」と「何とかなった」の間には無限の距離があり、それを飛び越えるには実行が必要なのだ。

夕方までには、なんとか。

 

 

 

(追記)

と、与太話を書き飛ばして、車が出せるように雪をどかして室内に戻ってきたら、なんだかJALからメールが届いていたのだった。何だろう、まさかアタシの心を読んだわけでもあるまいに等とドキドキしながら開封してみると、うーむという内容が。かいつまむとこんな感じ。

  1. 小松発便の搭乗前日のお客様にお知らせします。
  2. 小松空港サクララウンジは昨年12月から改装に入っていて、3月まで使えません。
  3. ついては飲食店で利用できるチケットをお渡しするのでチェックインカウンターにお声がけください。

 ラウンジが使えるステータスなので、告知のメールを送ってきたのだと思う。思うのだが、なんだか釈然としない感じ。

調べると

【お詫び】改修工事に伴う小松空港サクララウンジの閉鎖について - JAL

というページは用意されているのだけど、ここページ自体がラウンジ案内ページに行かないと見つからない。あ、あと171124_kmq.htmlというページのhtmlリソース名で探すとfacebookからもリンクしてたね、まあその位しか露出していないのだ。

(ちなみにkmqは小松空港のコードね)

 

...保育園がうるさいから反対などと暴れた「世田谷区」のゴミと同じようなレベルの難癖の付け方かしらと思わなくもないけど、でもねもうちょっと情報提供は何とかして欲しいと思うのですよ。たとえ前日でもメールがくるのは助かる。知らずに行って、手荷物検査を過ぎた後で(つまり飲食店に戻れなくなった状況で)ラウンジが無くなったことが判ったら、大暴れをすること必定であって、それはアタシにとっても、JAL職員にとっても、間違いなく不幸なことである。それが避けられたのは確かにベターだ。しかしそんな重要な情報(アタシにとってはね)、直前のメール一発で済まされてはかなわないのだ。もしこのメールを読み飛ばしていたら、と思うと幸せな気持ちにはなれない。

などと考えると、何度もしつこく送ってくる搭乗のリマインドメールに記載されているのがありがたいのだが、しかしそうはなっていない。ラウンジを使えない人にはそもそも知らせたくないのだろうな、という意図が透けて見える。正確には、リマインドメールの文面を条件によってモディファイする機能がないために、必要な人への情報伝達の確度向上と、必要ない人をあえて刺激することのリスクを比較して、後者を取ったのだろうな、と。いや、そんな面倒なこと考えてないかな。個別に送ればいいや、みたいなノリだったのかな。

等などが脳内を去来して、なんだか釈然としない感じと相成ったのだった。

 

よくまあ、ぐだぐだ書くねえ。自分でもあきれるやら、あわれになるやら。

 

2/7 スゴい雪、自宅で仕事

今近来まれにみる降雪量に麻痺している金沢市であるが、どうやら56豪雪(昭和56年に当地を襲った豪雪)以来というレベルに達したらしい。早速平成30年豪雪 - Wikipediaなどというのも出来ている。

しかも昭和56年とは異なり、冬は雪が降り積もるものだという常識も、供えも、もちろん対応ノウハウも散逸している平成30年であれば、都市機能のマヒの具合は昭和56年の比ではない。なんとなれば、そのときに学校が閉鎖されたという記憶が無いのに対して、今回は小中学校、高校も休校が続出しているようである。

www3.nhk.or.jp

記録的な大雪の影響を受け石川県の多くの小中学校が7日の休校を決めています。
これまでに休校を決めたのは、小松市、加賀市、能美市、野々市市、羽咋市、かほく市、津幡町、中能登町それに川北町のすべての公立の小中学校と高校の115校です。
このほか▽金沢市の42の小中学校、▽白山市の20の小中学校でも休校を決めています。

 

かく言うアタシもオフィスに行かずに、自宅で作業をしている。バスは辛うじて走っているのだけれど、幹線道まで出るのが大変なのだ。これでも市内均一料金区間内なのだが(ご存じない方向けに補足しておくと、金沢市内のバス市内均一料金区間は市の面積に比して驚くほど狭い)、表通りまで出るための苦労は只ならぬものがある。昨日はどうにもならない用事があってオフィスに出向いたのだが、途中で雪にはまり込んで動けなくなっている(遭難したともいうな)老人を助けたり、スタックしてしまった車の後ろを押したり、融雪装置からの水がたまって突然出現した深さ15cmくらいの池を避けるために大幅に回り道をしたり(道路一本が丸々池になっていたのだ)、普段なら5分の道が30分にもなってしまったのだ。可能なら引きこもるに限る。

 

そうして、家の前の雪を除けたり、コーヒーを入れたり、パスタをゆでたり、もちろん仕事をしたりして、そのうちに疲れたのでネットをブラウズしていたら、アレアレと思う記事に出会ってしまったので備忘録を残すものである。

(ここまでだらだら書いてようやく本題なのか、というのは我ながらアレだなあと思う。そしてそれは亡き息子にそっくりである。いや、息子がアタシにそっくりなのか)

 

www.recruit-ms.co.jp 

企業には現業、管理、経営の三階層があるとして、このコラムは、現業→管理→経営の順に階梯を上がっていくという日本的雇用・労働慣行を暗黙の前提としている。人材育成・研修をなりわいとするリクルートマネジメントソリューションズとしては、人事部、総務部が社内で人材を育成する事に意義を感じる様に、手を変え品を変え、あおり続けなければならぬのだろうが、しかし経営人材の候補者プールを社内に作って、それを計画的にメンテしていくというのはホントに可能な話なのかね(修辞的疑問文)。

経営人材に必要な正しい資質(Right Stuffだね)が万古不易のものなら、遠い将来のために時間をかけて人物を絞り込んでいく事が不可能だとは言わない(極めて難しいだろうが)。しかし、30年前にエレガントな経営者と、いまこの瞬間にエレガントな経営者は、同じ資質の発露としてエレガントな経営者となった/であるのだろうか?大いに疑問である。いや、可能だと断言する立場の人たちが多数いらっしゃるのはもちろん判っている。しかしそんな事が可能なのだとしたら、なぜ軍でやっているように、士官と下士官を分けることをしないのだろう?同じスタートライン(実際には入社時に色分けがされているようだが)から始めるなど無駄ではないか。選抜して、育てられるというのであれば、それを突き詰めた軍のまねをすれば良い。

 

ところがリクルートマネジメントソリューションズさんにおかれては、物差しが万古不易だとすら言わず、しかし経営人材の選抜と教育を行うべきだと説いている。さあ、その超絶ロジック(ロジック?)を眺めていこう。

第1のステップは、ゴール設定である。自社の目指すビジョンや経営戦略に照らして、「どのような経営人材が」「いつまでに「」何人必要なのか」といった5W1Hを明確にしなければならない。例えば、海外でのM&Aによって成長することを決めている企業の経営者は、海外を飛び回りタフな交渉をする必要があり、体力があることが必須だ。そのため、新入社員から候補者を選抜し、若い経営者を輩出しようとする傾向がある。

すごい、こんなゴール設定、何年持つのだ?中期経営戦略に合致する経営人材のプールを作るなんてこと、本気で言ってるのか?だめだ面白すぎる。もうちょっと引用しよう。

第2のステップは、候補となる人材の選抜である。全社共通の基準を用いて人材の評価を行い、候補者をリストアップする。もし社内に十分な候補者が見当たらない場合には、社外からの人材調達(中途採用)も考えなくてはならないだろう。 

ふむふむ、そうだよね、社内に居なかったら外部から連れてこなきゃならないよね。

だがしかし。

第3のステップは、候補人材の育成だ。手段としては選抜研修が行われることが多い。従来はマーケティングやアカウンティングといった経営に必要となるリテラシーを学ぶことが多かったが、ここ数年は単なるお勉強で終わらせず、実際に事業上の課題を設定したり新たなビジネスを構想するといった実践型の研修が主流となっている。また、研修実施だけで終わらせず、チャレンジングなプロジェクトへのアサインメントや他部門・他事業へのローテーション、海外現地法人への出向といった、候補者の成長につながる異動・配置を継続して行うことが重要である。ちなみに、異なる事業や地域への異動・配置、職種転換は、人材の環境適応力や学習能力を見極めるという「ロードテスト」の意味合いも兼ねている。

え、せっかく外部から連れてきた人も教育(と篩い分け)のプロセスに乗せちゃうの?頭おかしくない?いや、おかしいです。滅多に断言しませんが、これは断言します。頭おかしい。だったら最初からゴールに合致した人間を外部から取れよ。

そして更にひねりは続き、万古不易ではない事を一旦は認める。

もう1つ、経営人材育成の実行を難しくしているもの、それは「不確実性」である。経営人材育成には「将来の」活躍を期待した先行投資の面がある。若いうちから選抜しようとすればするほど、経営人材としてのポテンシャルを見極めることは難しい。本当にその人材のポテンシャルに賭けていいのかどうか分からないなかで、現場の反発があっても異動やローテーションをすべきか。そもそも、「VUCAの時代」(VUCA=Volatility〈変動性〉、Uncertainty〈不確実性〉、Complexity〈複雑性〉、 Ambiguity〈曖昧性〉)といわれるように環境変化が激しい昨今、一度決めた経営人材像が10年後も通用するものなのかどうかも分からない。ここに難しさがある。これは、組織のなかからイノベーションを起こそうというときに直面する難しさと本質的には同じである。つまり、「不確実性が高いなかで資源動員をする」という決断をしなくてはならない。

ああ、そうですか?イノベーションの困難さと同型の問題だと?で?

企業風土や価値観とのコンフリクトを超えて、また不確実性があるなかで資源動員の意思決定をするのは経営者の役割である。そもそも、将来の経営者を育てるのは現在の経営者の責務であり、人事に一任して経営者は報告を聞くだけでは、うまくいくはずもないだろう。さらに、経営者自身が多くの時間を経営人材育成に費やすことで、その重要性が社内にも伝播していく。「経営人材育成を成功させるためには、経営者のコミットメントが必要」だといわれる(図表3)のはこのためである。

はあ、経営者がコミットメントすれば良いのですか?しかしそう書いたそばから、人事起点で経営人材育成を進めることはできるという節が続く。

経営人材育成には経営者のコミットメントが不可欠なのだが、かといって人事は受け身で待っている必要はない。ある企業の人事マネジャーは、グローバル化・テクノロジーの進歩のなか、現経営層が経営判断をしていては勝ち残ることができないと考え、膨大な事実に立脚した提言を経営層に対して行った。退職も覚悟で現経営層にNOを突きつけたのだ。その必死の訴えが認められ、戦略的な経営人材育成を進めた結果、いまでは経営層のほとんどが入れ替わっている。極端な例だと思われるかもしれないが、この例から伝わるのは、人事から経営者を動かし、経営人材育成を進めることもできるという事実だ。

 

そしてこの記事はこう結ばれている。

以上、経営人材育成がなかなか進んでいない状況を「分かっちゃいるけど、やりきれない」と表現して、その要因を考察してきた。ただ、こう言っては元も子もないが、阻害要因や「壁」に目を向けて分かった気になるのではなく、いかに愚直に行動するかに尽きるともいえる。取材した日立製作所でも、グループ会社で40代の社長誕生という大胆な人事が実現したのは、人事が各所に根回しをして合意をとりつけるなど、まさに泥臭く行動した結果であった。

「成功事例を探すだけで何もしないのはもうやめて、そろそろ動き出そう」と思われている人事担当の皆さまにとって、少しでも本特集が参考になれば幸いである。

 

てやんでえ(なにいってやんでえ、の略)。そこらの野太鼓だって、もうちっとうまく座を持たせるぜ。

 

まとめます。

人材育成・研修セントリズムな人たちからすると、リクルートマネジメントソリューションズさんの言ってることは正しいように見えるのかもしれません。でも、そうじゃない立場からすると、これは仕事を作り出すための仕事にしか見えません。いやもっと悪い。人事、総務のような社内官僚が思い上がると大体会社は傾きます。仕事が欲しいからと言って、よその会社に混乱の種をまくような記事をかくというのは、やはり品のないことだと思います。まあリクルートですから、品を求めても仕方ないのですが、しかし品がないと思われる事による損が判らないからこれを書いている訳で、少なくとも頭が良いとは思われません。なんという矛盾。研修屋さんなのに。

そしてこんな馬鹿記事を支えに制度提案をしてくるような人事や総務がいたら(うちにはいない事を期待しますが)、経営サイドの末席に座っている私などはどんな顔をして話を聞くのだろうかと想像してみるのですが、まったく頭に浮かんできません。鬼のような顔でしょうか、能面でしょうか、それともにこやかに応対をするでしょうか。どれもありそうで、どれでもなさそうです。

経営とは隙あらば局所最適を図ろうとする「賢い」人々を使って、組織全体に資する最適化を行うことだ、という定義もあります(というか、いま自分で定義した)。そうすると、そんな人事を使いこなしてこそ経営ということなんでしょうけど、うーん、やっぱりこんな記事に乗せられた提案が出てきたら、難しい顔をしちゃうな。どうしてそうなっちゃうのよ、とか。

そうか、難しい顔をするんだ!

2/5 金沢市の家庭ゴミ有料化:補遺 次の市長選

septiembreokbj.hatenablog.com

 

の冒頭においた伏線の回収を忘れてたので、それについて触れておきたい。

 

非常に奇妙な街頭演説との遭遇が本シリーズの発端だった。なぜ彼らは支援ではなく制度の廃止を訴えたのか、それはとても奇妙な主張であり、その理由は大きな謎だった。この謎はゴミ問題を調べていく中で最後まで解決しなかったのだが、正確にはそのクリアな根拠は発見できなかったのだが、しかし或る心証がアタシのうちに徐々に形成され、最後には多分こうなのではないかという妄想に結実した。

 

結論から言えば、本件をバネにして次回の市長選挙市民派市長の擁立、当選を目論むという大きな絵図があるように思われる、アタシの妄想では。

制度の当否とは関係なく、市長および市役所の「丁寧な説明を拒む態度」というイメージはメディアの後押し(※1)などもあって浸透していると思われ(※2)、かつ地域コミュニティにゴミ処理の末端を代行させようという方針については実質的な承認を経ていない(※3)状態にあっては、今なお火種はくすぶっており、一旦ことあれば(事を起こせば)大炎上が可能な状況であり、仕掛け次第で十分に乱戦がありうると見ている。

※1 金沢市 ゴミ有料化 で検索すると毎日新聞の記事が多数見つかり、一貫して市側が対話を拒否しているかのような印象を受ける。

※2 これは周りの人に聞きまくって集めた心証。ただし年齢、その他に偏りはあるので、あくまでも「と思われ」。

※3 地域コミュニティーにどのような負荷が発生するのかという役務範囲を明言していないよね(特に、状況次第で何が起きるのかロードマップを語ってないよね)。

  

元々山野氏は、山出氏の市政が長期化した事の反動として当選したのであって、彼自身の政策などが積極的に評価されたのではないという認識。次の選挙も、辞職に至るまでの経緯での自民党の動きが鼻につき、そのイメージが対抗馬の下沢氏に憑いてしまったため判官贔屓の流れもできて、無党派層の票を総ざらいしての当選だった。

つまり山野氏自身が信任された選挙は一度もないというのがアタシの見るところで、自らが蒔いた種の正否を問われる次回は、今までとは状況が違うのだ。

 

そんな山野市長にタイプが似ているのが、武雄市の市長になり世論を二分し、ツタヤが公立図書館を食い物にする道を開き、知事選に挑み、破れ、CCCの子会社の役員になった樋渡氏だ。そして、その樋渡氏と対談した山野市長のblogのテンションは高い。

ameblo.jp

 

その樋渡氏が武雄市に作ったFACEBOOK 課も廃止されて久しい。

j-town.net

 

武雄市であった公立病院民営化と同じレベルでの炎上となるかは諸団体の頑張り次第だが、そこまで届きかねない火種が今回仕込まれたと見るし、諸団体もそのつもりなのだろうというのがアタシの妄想である。

次回の市長選は刮目してみるべし。現市長、市民派団体擁立の対抗候補、そして前回の雪辱を狙う自民党系の三派激突の選挙戦となるであろう。

…妄想だけど(逃げてるなあ)。

 

2/7 追記

樋渡氏が佐賀県知事選に敗れてからのことは真面目にウオッチしてなかったんだけど(見るとアレがアレするから)、今回のことでwikipediaを見てみたら、何というか本格的にアレになっていて、ううむ、大丈夫かねと思ったりするよ。武雄市のときにアレコレやったことの評価というのは外部の人にはよくわからない部分があるが(※)、しかしその後の移ろいを見ていると、武雄市でのことも芯がある話ではなかったんじゃなかろうかと思えるね。

※とはいえ図書館の件はホントにアレだとおもう。金沢でもアレを導入したいという事を言い出す奴がいたら、それこそ「市民派団体」とでも組んで反対するよ、という勢い。そのくらい、アレはアレだな。

樋渡啓祐 - Wikipedia

そして氏の最新の活動が「一般社団法人全国空き家バンク推進機構」。

ここのサイトは見に行っても何も書かれておらず、?な気持ちになるので、代わりに読み筋を示してくれているサイトを紹介しておく。

akiya-text.com 

さて、どうなるのでしょう。しかしこんなのもあったりして...。

「全国空き家バンク推進機構」なんていう商標出願があったよ

 

2/2 金沢市の家庭ゴミ処理の有料化によせて(その4)

いよいよ最終回(予定)の第4回。大体ブロックは積んだはずなので、あとはさらっとまとめられるはず。自分を信じて!

 

 

3.さて、なぜ制度がもめたのだろう?

  

septiembreokbj.hatenablog.com

前回(その3)、収入の使い道に関する情報を新聞(日経および北國新聞)に頼ったのは、金沢市のWEBサイトに情報が掲載されていなかったからだ。ちょっと信じられない。少なくともアタシが見る範囲では、金沢市のサイトには、収益をどのように使うのかを説明したページも、資料も一切見当たらないのである。

 

先に紹介した岩手県の検討資料では、手数料を取る事自体は問題無いとしつつ、最後に以下を記している。

しかし、家庭ごみ有料化は住民に新たな負担を求めることになり、これまで税収によりごみ処理が行われてきた事実から、税の二重取りという批判は、当然、考えられる。有料化の目的を明確にしたうえで、手数料の使途を透明化し、ごみ発生抑制やリサイクルの推進などを中心とした施策に充てることが住民の理解を得る上で重要と考えられる
(強調は筆者)

これが普通のセンスだと思う。しかるに金沢市は使途を説明する資料を公開しておらず、新聞が曖昧に伝えるのみである。

 

四の五の書くのが面倒になってきたので、他の自治体の情報をもって語らしめることにする。

(札幌市)

https://www.city.sapporo.jp/seiso/keikaku/slim_report/documents/slim_report_20_009.pdf

京都市

http://www.city.kyoto.lg.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000000/179/24syunyunotukaimichi.pdf

 

これらの使途を見ると、ああ負のインセンティブとして集められたお金であるけれども確実に市民の生活環境の向上に用いられているなあ、という感想が素直に持てるのではないかと思う。何のために使うのかが事前に判っていれば、金沢市における制度導入ももっとスムーズに行えたと考える。

なぜ今制度を導入する必要があるのかという事、そして集められたお金が本当に有効に使われるという事、それら2点の説明をなぜ金沢市は行えなかったのか、そして未だに行っていないのか。考え方はいくつかある。

  1. 別の目的に使いたいお金があって、それを集めるために国がやれと言っている家庭ゴミ収集の有料化がちょうどよい言い訳になる、などという真実は口が裂けても言えないから。かもしれない。
  2. 国がやれと言うから仕方なく始めたのであって、内在的な理由は自分たちの内部に無い、などという真実は口が裂けても言えないから。かもしれない。
  3. 市役所側としてはずっと有料化をやりたかったのだけど、前の市長の時には、まずは他の施策を試して選択肢がないことを明確にしてからだと釘をさされ、それが新市長に代わってからは色々と説明が楽になったので、いまのうちに制度を通してしまえという流れになり、実際には家庭ゴミが減ってきているのに無理に通してしまって、しかも有料化自体が目的だったので、収入の使途をどうするかまで煮詰めていなかったので使途の説明も出来ない、などという真実は口が裂けても言えないから。かもしれない。

以上はもちろん妄想であって、実際の金沢市がそのようなずさんな事をしているとは考えられない。しかし

  • 金沢市役所は、市民に対して、市民が行政を理解・判断するための観点から必要な包括的な情報(少なくとも断片に分断されていない情報)を提供する事が、今日的な行政において必須かつ優先度:高の仕事だということを理解していないかもしれない。

という可能性は大いにあるのではないかと考えている。決して悪意では無く、常識のずれとして。

例えば、金沢市において家庭ゴミの年間処理費用は市民一人当たりいくらかだろうか?今回の制度について考えようと思ったとき、袋代として徴収されるお金は、その年間処理費用の何%なのだろうかということがまずは意識に上るはずだ。しかし、そのような数字は公開されていないのである。

金沢市の隣にある、(さまざまな施設を自前で持たず、他の自治体によりかかり、市としてのメリットだけを享受しているいびつな市である)野々市市ですら野々市市 ごみ・リサイクルで小学生に対して情報を公開している。それによれば8600円/人年とのこと。 

 実は金沢市の市民一人あたりの年間家庭ゴミ処理費用が8629円、市全体で年間40億の費用が発生していることをアタシは知っている。どうやって?それは共産党所属の市議会議員、みよみよのBLOGを見たから。

miyomiyo.jcpweb.net

40億/年の経費 一人当たり 8629円/年 

こんな当たり前の数字を、しかるべき場所でしかるべき人が突っ込まないと数字が出てこないというのはどういうことなのだろう。しかもこの数字、直接費のみなのか、それとも他の数字が乗っているのかが全く判らない。例えば施設の償却費はどうなっているのか、ゴミ処理時に発電した電力を売ったお金はどこに行っているのか。

kumanomorio.comなどから、2015年度には8.7億円が入っていることが辛うじて一市民のアタシにも、判る。しかしこの売電費用の行き先は判らないままだ。

 

その代わりに、この記事は更にいくつかのげんなりする事も教えてくれる。

一つは(その3)で触れた「二重取り」について、普通に考えると問題ないという件。これについて金沢市市長が理解できないことを発言しているのが判ってしまった。

また、市長が自ら赴いた説明会で、家庭ごみ有料化の手数料収入はゴミ処理費用に当てないと明言していたことについても尋ねたところ、手数料収入は環境政策に資する形で地域に還元することを主としており、結果として、議会でも議論されている税金の二重取りを避けるため、とのこと。

金沢市には論を整理する能力が無いのか、それともすべて判った上で使いたい用途にお金を使うためにあえて能力が無いふりをしているのか。いずれにせよ理解しがたい。

そしてもう一つ。

まず、委員会で森尾委員が市内2箇所の焼却施設の売電収入を尋ねた経緯は、市が進めている家庭ごみ有料化の説明会で、ゴミ焼却施設から売電によって市が得ている収入も説明すべきという観点から。

委員会で市議が聞かないと(問い詰めないと)売電収入が判らないの?そしてその事について市議会議員自身が突っ込みを入れないの?もしや質問をして情報を入手するという事自身が金沢では市議会議員の特権になっているの?

いや、よほど難しい情報ならともかく、他の自治体では当たり前にWEBに掲載されている情報が、金沢ではあえて問わないと得られないとは。

 

 

書いていて相当に悲しくなってきたが、このようにして1/28 金沢市の家庭ゴミ処理の有料化によせて(その1) で述べた結論の3番目、

さらに2.が原因となっているのか(つまり2.の問題を市も理解しているのか)、制度の手続き部分の周知に比して、制度の正統性の説明が非常に雑というか粗略になっている。「知らしむべからず、よらしむべし」という言葉をふと思い出してしまう。

にたどり着いてしまった。金沢市は、自分たちがやろうとしていることも、やったことも、情報開示ができていないのだ。家庭ゴミ処理の有料化について調べただけで、これである。叩けばホコリはもっと出るだろう。

 

そして特権を通じて得た情報をBLOGで公開する市議会議員、古くさすぎてめまいがする。情報が広がれば、それをつかって良い考えも、行動も生まれてくる。結局のところ確率の問題なのだから、何よりも情報を一人でも多くの人の目にさらすのが最優先なのではないのか?ITが人類(大きく出たな!)にもたらした最も大きな価値は、情報の配布、収集のコストを桁違いに変えてしまったことだ。その結果、くだらない特権も、愚かな因習も、だんだんと風化しつつあるのだ。確かにFAKE NEWSという問題も最近クローズアップされているが、だからこそ役所は責任をもって情報をさらけ出さなければならないのだし、周りはそれを促進させなければならないはずだ。

いや、彼らも最初はより多くの人に情報を広めようという善意からBLOGを始めたのだと信じたい。しかし、彼らの善意に頼らなければ情報が得られないのだとしたら、それは持続可能な情報公開ではない。市役所が情報を出せるように、制度や職員のマインドを変えていくことが、市議会議員の仕事であるし、それなくして多くの人が参加する「市」はあり得ない。参加とは、参加する人が自ら考えることを抜きでは成り立たないのだ。考えるための燃料である情報が手に入らないなんて。

(これ以上続けると、とんでもない事を書きそうだ)

 

ただ、これだけはいえる。あまさず情報が公開されていたら、もうちょっとすんなり制度は始まったはずだし、収入の使途も歓迎されるものになっていたはずだし、毎日新聞が跋扈することも無かったはずだ。そしてもしかしたら、今後のゴミ処理施設のあり方やその費用の手当(積み立て)など、将来に関する議論まで深められかもしれなかったのだ。なんという壮絶な無駄だろう。 

 

近江町で奇妙な街頭演説を耳にしてしまった結果、ずいぶんと遠いところまで来てしまった。アタシはなんだかとても野蛮なところに住んでいたのだなという気持ちである。

そして最終章、結論4に向かおう。

 

 

 

4.市民という言葉は誰を指すのだろう?

長々と続けた今回のエントリで、何度も市民という言葉を使った。様々な文脈で使われる多義的な言葉なのは承知しているが、本件における市民とは金沢市からパブリックサービスを受ける対象(※)であるので、「金沢市住民基本台帳に登録しているもの」が適切な対象であろう。

※とはいえ何度も言うが、 「市」とは市民が参画し、維持するものである。行政は市民の委託を受けて代執行している存在に過ぎず、どこまで行っても(たとえば一人ひとりは無力に見えても)、市民が市を支えるのである。ゴミの減量は市が悩むことだ、と言い放つような者が市民であるという事は、心情において首肯しかねる。せめてその「市民」が多額の税金を納めて他の市民を潤わせている人物であることを期待する。

つまり、住民票を移動させずに金沢市に居を構えるものは、市民ではないということである。(その3)において京都市の条例を紹介したが、これをよく読むと京都市の厳しさが伝わってくる。彼らは市民と滞在者を区別して条例を作っているのである。おお、京都、まったくもって「ぶぶ漬け食うていきなはれ」である。

 

さて、その住民票であるが総務省|住民基本台帳等|住所の異動届は正しく行われていますか?

お住まいの市区町村で、行政サービスを確実に受けられるようにするため、入学・就職・転勤等に伴う引越し等により住所を移した方は、速やかに住民票の住所変更の届出を行って下さい。 

とあるとおり、異動した場合にはさっさと住民票を移さなければならない(一応罰則規定もある)。理由はいろいろあるが、行政サービスのフリーライドは許さないという事も確実にある。

さて、学都を名乗る金沢であって多くの学生が居住している訳だが、彼らの何%がゴミ処理の費用を払っているのだろうか。それ以外にも、住民票を能登においたまま、金沢に居を構えている若い人は少なくないという事を耳にすることもある。地元の「人口」を減らしたくないなどの理由なのだそうだが。しかし、その税金はどこに行くのだ。そして我々の税金はどこに行くのだ。

 

だからチェックを厳しくしろ等のHowを述べるつもりはない。そうではなくて、ネットで見かけた本件に関する意見(や意見の表明に関する報道)は、どこを見ても

私は勘弁して(そしてその変形の、この人たちは勘弁してあげて)

か、

必要なら仕方ないじゃ無いか

の二種類で、そもそも ゴミ処理ということを市と、市民と、業者と、滞在者がどのように按分すべきなのかという視点での意見が見当たらなかったことに困ってしまっているという気持ちを記録に残しておきたいのだ。問題の構図も整理せずに、答えだけが出てくるなんてどうかしている。そう思うでしょう?

そして1/28 金沢市の家庭ゴミ処理の有料化によせて(その1) で述べた結論の4番目、

本件を更に大きな枠組みで見つめ直したときに、「市民」とは誰かという事を抜きにしてゴミ処理の話をして良いのだろうかという問題に行き当たってしまった。ただしこれは金沢市だけの問題ではないと思う。

にたどり付くのであった。

 

フィニーッシュ!! 

ここまで目を通された方はお疲れ様でした(知り合いの多くも途中で脱落しているものと思われる。そもそも当人が苦しい)。

今後は題材を選んで書くので何卒ご寛恕ください。

 

 

  

付録1:「市民派」よ、甦れ

 (その3)で市民派を揶揄することをアレコレ書いた。それは、市民派と名乗る以上は市民の利益を考えるべきところを、自分の都合(理屈も無しに語ることは基本的に自分の都合か宗教だ)を市民派の看板で語るからで、市民という集団全体をしょって利益誘導するなら、それは立派な市民派だ。そんな人を揶揄しようとは、いくらアタシでも思わない。それは意義のあることだと考えるよ。

 

そして今回の件から判るのは、金沢には市民派がいなかったということであって、それもアタシを鬱々とさせる。市民とは弱者のことでは無いのだよ。いや、弱者を守れというのは立派なことだ。それを市民派という看板でやるなということなのだ。昔あった貧民党ってのはいい名前だと思うのだけど、それだとマズイのか。だったら最近の時勢にあった、しかも対象をジャストに表す看板を立ててやれば良いのであって、何しろ市民という言葉をこれ以上汚さないで欲しい。

その結果が、今回の議論の低調さだ、と言ったらあまりにも乱暴か。しかし市民派という人たちにアタシやアタシの周りのひとはうんざりしており、どんなに良さそうなことを言っていても、そこにいっちょ乗っかるかという気には到底なれない。オレンジ果汁1%、あとは混ぜ物というのをオレンジジュースと呼ぶかという話であって、もしそういうのを見つけたら、アタシはソレを売っている人間を信用することはない。そういうことだ。

 

しかしこれだけ書いておきながら、全き意味での市民派が甦ることを期待する気持ちがアタシの中にはある(そもそも居たことがあるのだろうか、などという事を問うてはならない)。市民すべての益になることを考えて行動し、それが本当であることを常に証続けるという人がいたら、是非ご助力申し上げたいという、そのような気持ちがある。

現実逃避というなかれ、夢想というなかれ。もちろん、暇つぶしともいうなかれ。

アタシは前進が見たいのだ。

2/2 金沢市の家庭ゴミ処理の有料化によせて(その3.1)

(その3)に事実誤認があったので訂正する。

septiembreokbj.hatenablog.com

自宅に戻って北國新聞を読み直したら、目にフィルターがかかっていたことが判明した。

なお、2/2の北國新聞記事では、

収入は新しく作られた基金に納められ、そこからゴミ処理支援をする町会活動に対する補助としてのみ支出される

とあり、一年前の状況から幾分修正されたようにもみえるが、金沢市自身はなんらの発表も行っていない。

 

 

2/2付けの北國新聞一面の記事から正確に引用すると以下のとおりである。

指定袋による収益を年間2億円程度と見込んでおり、特定の基金に積み立て、地域コミュニティーの醸成に関わる事業に限って活用する

 

おお、なんという底抜けなことを。地域コミュニティーの醸成とはなにか。未だに市のWEBサイトには直接的な何らの情報も公開されておらず、想像するしかない状態なのだが、多分この「特定の基金」に該当するものは

金沢市の基金の設置及び管理に関する条例

にある

地域コミュニティ活性化基金

地域におけるコミュニティの充実と市民協働の推進を図り、良好な地域社会の維持及び形成に資するため。

だと思われる。

しかし地域コミュニティ基金だとすると、その適用範囲はhttp://www4.city.kanazawa.lg.jp/data/open/cnt/3/10913/6/29zyourei.pdfであって、ゴミ清掃に関わるものだと思われない。

なんというか、本当に「お金に色は付いていない」と思っているのだろうか?

手数料収入であるが故に裁判に勝ったということの意義を理解しているのだろか?

 

想像を含めての事なので、軽々に断じる訳にはいかないが、もし本当にそうなら、現在の市長は、補助機関である副市長以下の金沢市役所を用いて地方行政を行う執行機関として何か不足するところがあるのではないかと思慮する。