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記録と備忘録による自己同一性の維持を目的とするものです。

ハル回顧録を読み直す

ハル回顧録|文庫|中央公論新社

 

「戦争まで」を読んだ関係で、久しぶりにハル回顧録も読み返すことに。せっかく読み返したのだからコメントも残しておく。

 

後年後ろ指をさされたくない事は注意深く除去されている筈のこの本において、もっとも興味深いのは「スターリンの人柄に深い感銘」を受けたと述べているところだ。

なんと、彼はここが後に問題になると思っていなかったのだった。スターリンの政治的な能力および指導力に感銘をうけるのは不思議な事ではない。だがハルはこう書き記している。

私はスターリンのような人格と態度を持っているアメリカ人なら、米国においても高い地位に上がるに違いないと考えた。

なるほど、人格と態度が素晴らしいのだ。しかしそれは政治家が政治家について述べるべき事柄なのだろうか。ここに1つの綻びを見る。

スターリンの人格と態度がいかなるものであったのか。ハルが感銘を受けたのは故無きことではないと思う。例えばモロトフとの往復書簡集のスターリンは、極めて几帳面でマジメな男だ。単に乱暴で悪辣なだけではソビエトの最高権力者をやることはできないのは考えればすぐに判ることだ(みんなトロツキーにバイアスをかけられているのだ。ああ、でも中国は...また違うようだね)。しかし、それは問題の中心ではなく、そのことを記録に残してしまうハルのナイーブさこそが気にされなければならない。

 

まとめればこうだ。ハルは好き嫌い(と多分、善悪)のバイアスを持ち、それをどこか隠すことのできない男だったのではないか、という疑いだ。1871年テネシー州生まれの彼の持っていた世界の枠組みはどのようなものであったのか。それを抜きに彼の事績をなぞっても本当のことは判るまいと言うことだ。それが今回の読み返しの所感である。