septiembreokbj’s blog

こどもに伝えることの草稿もしくは記録

文科省 1

社会の変革期が到来しつつあるという認識の故か(まあ、そうでしょ)、総務省経産省は相当にドラスティックな方針を出してきてるんだけど、その意識高い系官庁の一群にxxxxと言われていた厚労省も加わってきた。

www.mhlw.go.jp



医者主導の地域医療連携(に依拠する費用削減と質の向上の同時達成)はあきらめて(※)、

1. 情報集約は国主導
2. 事業集約は既存の医療プレーヤーが勝手にやれ(「地域医療連携推進法人」という仕掛けが用意された)

という二面作戦に切り替えた模様。
※医者をコントロールするのは面倒なので、補助金をばらまいて地域医療連携の戦国時代を作る(そしてどこかの方式が全国統一を果たす)というストーリーを考えてたみたいだけど、それがうまく機能しなかったので、いよいよブチ切れたとみる。誰がブチ切れたのかは謎だけど。

同時に高齢者への医療費を減らすべく、様々な観測気球があがりつつある。医療費で国が倒れるのはしゃれにナラヌという認識が、国民の間でも一般論となりつつある事に乗っかっての戦略変更だと思われる。
...なのであるが、xxxxと言われただけあって、「地域医療連携推進法人」はそのスタートから省令によってケチが付いているようだ。その辺りは以下の記事などに詳しい。

地域医療連携推進法人 相次ぐ“断念” 政省令に不満の声も | 国内ニュース | ニュース | ミクスOnline

 

(問題箇所の引用)
医療現場からは、具体的な運用を示した政省令への不満の声もあがっている。推進法人では、参加法人の代表者で構成される社員総会で決議を行うことになるが、“一社員一議決権”とされたことで、病院の規模や経営状況が加味されずに、参加医療法人が一律に同等となってしまうことで、リーダーシップを発揮することが難しくなる。加えて、推進法人内への出入りが自由であることや、余剰金の配当禁止なども一つのハードルとなっているという。

 

なるほど、法制度をせっかく整備してもこれじゃ使いようがない。総論はさておき、各論としては規制権益を守りたいということなのだろうか。
しかし、もちろん下には下がいるもので、xxxxと言われていた(上記の例だと、今もってxxxxも居る)厚労省にも、その下がいる。社会の変革期という認識も持たず、従来の(つまり先達の敷設した)路線を無批判に延伸し続けている官庁だ。文科省である。

ここ一年くらい、故有って各省庁の戦略(と、その背景になっている社会認識)をウォッチしてたんだけど、待てど暮らせど文科省からそのような戦略ペーパーは出てこない。何故出てこないかというと、個人が教育を受ける権利を機会および質(ここはアヤシイね)の観点から保証するのが自らの責務だという自己規定をしちゃってるからではないか、と思っていた。だから社会と個人の、教育を介した相互作用に関わる気が無いのだと。使い物にならないFラン大学にも補助金を出すのだと。(科学技術振興については、新しい価値の創出とかイノベーションとか言っちゃってるのだけど、これは内閣府のwillであって文科省が言ってる訳じゃ無いから)
おお、しかし、それは大いなる勘違い、over ratingだった。彼らは自己規定によって考える事を自制しているのではなく、考える能力がそもそも無いのではないかと思うに至った。

組織的天下りの件で引責辞任した、面従腹背がモットーと言って憚らない、xxxxな次官をトップにいただく組織だから、では無い。もっとシンプルな理由だ。(ああでも、国立大学を法人化して、そこに天下り、渡りをやってるのは結構xxxxだな。でもそれは悪辣さの証であって、無能の証ではないね)
彼らの作成する文章は、壊滅的にあいまいなのだ。


まずは、社会の変化とオーバーラップする部分である、リカレント教育について調べたときの驚きを共有して欲しい。

 

平成7年度我が国の文教施策[第2部 第2章 第3節 2]

 

ここで彼らは、

また、近年の技術革新の著しい進展や産業構造の変化などに対応して、学校での社会人再教育を行う リカレント教育 【用語解説】へのニーズが高まってきているが、特に職業人を対象として高等教育機関が実施する職業指向の教育(リカレント教育の中でも、このようなものはリフレッシュ教育と呼ばれる)の拡充について、大学等に寄せられる期待は大きい。

 

と記して、『リカレント教育の部分集合をリフレッシュ教育と呼ぶ』という主張を行っている。ところがリカレント教育の【用語解説】(同ページ内ある)を見ると、

リカレント教育
リカレント教育」とは、「学校教育」を、人々の生涯にわたって、分散させようとする理念であり、その本来の意味は、「職業上必要な知識・技術」を修得するために、フルタイムの就学と、フルタイムの就職を繰り返すことである(日本では、長期雇用の慣行から、本来の意味での「リカレント教育」が行われることはまれ)。我が国では、一般的に、「リカレント教育」を諸外国より広くとらえ、働きながら学ぶ場合、心の豊かさや生きがいのために学ぶ場合、学校以外の場で学ぶ場合もこれに含めている(この意味では成人の学習活動の全体に近い)。なお、「リフレッシュ教育」は、「リカレント教育」のうち、
1) 職業人を対象とした、
2) 職業志向の教育で、
3) 高等教育機関で実施されるもの
であり、むしろ諸外国での「リカレント教育」に近い概念である。

 

...大丈夫だろうか?(修辞的疑問文)
もちろんダメである。前川問題のときに、文科省は曖昧な文章を垂れ流して大学をいじめ抜いているという趣旨のポストをFBで目にしたのだが、これは曖昧のレベルにとどまるものではない。矛盾だ。それを省のWEBに載せるというのはxxxxにも程がある。

ちなみに何故このようなxxxxな記載が出てきたのかというと、一応の読み筋はある。もともと文科省としては『リフレッシュ教育』を進めようとしていたのだ。で、この『リフレッシュ教育』を導入した誰か(きっと偉い人なんだね)の体面を保つために、『リフレッシュ教育』は定義はさておき実体はリカレント教育とほぼ同じですよ、と無理矢理な説明を試みたのではないか。悲しいかな、能力が無いので整合性がある説明にはならず(※)、単に矛盾した文章が晒されるだけになっているのだけど。

※無理筋な行為だから変にがんばらずに自分達のやってきたことを改訂するのが得策なんだけど、その判断が出来ないのだね。本当の意味で能力が無いというのはそういうことだ。


最初は目を疑い(どこかにtypoがあって、その結果として文章に矛盾があるように見えているのでは無いか、とか)、熟考したのち大いに驚き、そして得心した。ああ、文科省って本当にxxxxなんだ。だから社会の変革期に、社会が要請する教育の有り様というものを構想することができないんだ。


もちろん、これは氷山の一角であって、そのような気持ちで文科省文章を読んでいくと、いろいろ面白いものにぶつかるのだが、長くなるので、次のポストに送ることにする。
しかし。