all things must pass

記録と備忘録による自己同一性の維持を目的とするものです。

8/5 Eat. Race. Win.

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... 何のURLか判らんね。

 

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これの日本語字幕版全6話がAmazon Primeにいつの間にかリストされていたので、この週末に固め見した。

 

内容は、2017年のツールドフランスにおけるOrica-Scottチームの23日間、21ステージを、①.選手と、②.ディレクションと、③.料理人の3つの視点から語るというドキュメンタリー(※1)。この年はサイモン・イェーツに新人賞を取らせることができたので一応形がついたが、もしロケが2018年だったら番組として成立しなかったのでは、と思われる。同チーム(※2)は今年良いとこ無しだったのだ。つまり制作サイドからすると「危険」な企画であって、場合によってはロケがすべて台無しになる可能性があったのだ。

※1 じつは別の構造があるのだけど、それは後述。

※2 今年はチーム名もちょっと変わってMitchelton-Scott 。

 

その分、各回の最後の引きの強さは只事では無い。実際のレース展開の山場を各回の最後に持ってきて、手に汗握らせておいて、では次回、とやれてしまうのだから。2017年のツールを真面目に見ていた人でも、選手とディレクターの両面からレースを見せる構成はたまらぬモノがある、と思う。選手とディレクターが激しくせめぎ合いをするさまには、ワタクシも心を鷲掴まれました。

 

チームとしての獲得目標を立て、その実現の為に選手に戦術的な指示を出し(※3)、エースの結果をチームの成果として共有するように場を作り、叱咤し、激励し、鼓舞し、そしてチームをシャンゼリゼまで連れて行くディレクターの振るまいは、最近はやりのリーダー像とは全く異なるもので、しかしツールのディレクターはこうでなければ、と思わせる。手持ちのリソースを使い切って(※4)、その中での最大限の成果をしぶとく狙い続ける意思とその発露がなければ、ツールのチームは統率できないのだ、と。そして選手は、ディレクターの指示に従い、蓄積され続ける疲労に耐えつつゴールを目指す。出来ることもあれば、やれない事もあり、ステージが進むにつれて、顔には疲労だけではない表情が浮かんでくる。

そして、そんなチームが前に進むための力を供給しているのが Eat. なのだぜ、というのがこの作品のもう一つの主題だ。

※3 字幕では戦略と出てたけど、ディレクターは明確にtaciticalとかtacticと言ってましたぜ。そういうのって困るなあ、と思う。言葉を間違って覚える子供とかが出てきたらどうするつもりなんだろう。

※4 と書くと選手を使い潰すように思われるかもしれないが、そこは恥ずかしい日本の人たちと異なり、ドクターと相談して、選手生命に関わるような事はさせていない。

 

ところでツールを走る選手には、ただ速い以外の才能が要求される。一つは回復力、もう一つは胃腸の飛び抜けた強靱さだ。レースで消費する7000Kcalと、基礎代謝の1000強Kcal、その合計である8000Kcalを摂取しつづけなければならない...もちろん、経口で、食物の形で。食べる側の才能だけではどうにもならないと、近年のツールでは食べたくなる、食べるとよりよい効果が得られる、そんな食事を供せる料理人チームが帯同するようになっている。この作品の Eat. の部分は、チームの勝利に貢献するために参画している料理人チームの23日間の記録だ。

ツールの激しさ、厳しさという太い幹であるRaceパートの裏側でEatパートは進む。Raceパートと交錯するのは食べるというシーン一点のみ。選手がレースをしている間、料理人チームは行く先々で食材を採取し、レースが終わった選手を迎える料理を作り、供する。その繰り返しに何を見るかがこの作品の評価の分かれ道なのだと思う。フランスー、農業国ー、製造者-、意識高いー、という見方はもちろん出来るし、単にうまそう、でもOk。

しかし選手とディレクターが構成するRaceパートとパラレルに、Eatパートにおいても設定した目標の達成にむけてスタッフとシェフのせめぎ合いが展開される。もちろんRaceパートよりも和やかにだが。Raceパート、Eatパート、これらでの相克から弁証法的(※5)にWin、すなわち目標の達成が生ずる(※6)という構造は、アタシ個人としては、ツール、それでこそ、という感じ。すなわち、ツールのコアを、まだ見たことの無いアスペクトから活写した良い作品だと思う。

※5 あ、もちろんここは左に対するオワライとして。

※6 記録としては「サイモン・イェーツが新人賞を取った」だが、チームとしては「サイモン・イェーツに新人賞を取らせることに成功した」だ。

 

計三時間、ほぼぶっ通しで見た記録として以上を残しておく。

しち面倒なことをいつものごとくアレコレ書いたけど、見始めてしまえば、もうちょっと、もうちょっとで、あっという間にシャンゼリゼである。自転車を見るとじんましんが出る、とか、料理をしているのを見ると抑うつ状態が始まる、などの障害がなければ、広く楽しめる作品だろう。

 

 

追記

個人的に一番つぼだったのは、レース前に行うバス車中でのミーティングの冒頭だ。ディレクターが最初にする選手への呼びかけ、これが最後の3ステージまではGents だったのが、チーム目標であるサイモン・イェーツの新人賞獲得の最終関門である第19ステージに至って突如 Boys に変わる。ディレクターの胸中や如何に、と色々と考えさせられましたことですよ。この面白さたるや!