septiembreokbj’s blog

記録と備忘録、および手掛かり。

8/28 捲土重来

前回のエントリにも書いたがここのところ調子が悪くて仕方がない。それは此岸に場所はなく、しかし彼岸に向かおうにも追腹禁止の沙汰が出ているからだ。さて、殉死を禁じられたとき、我々はいかに如何にすべきであるのか。


隆慶一郎の小説「死ぬことと見つけたり」は未完ではあるが、しかし結末に関するアイディアが本の末尾に付されている。それによれば、殉死を禁じられた主人公のうち、齋藤杢之助は補陀落渡海(ただし自力で泳ぐのだが)という形で、中野求馬は藩を救うための企て事の責任をとる形で、それぞれ念願を遂げる。隆慶一郎については魅力的な作家であるとは思いつつ、しかし仏文育ちの故なるか(小林秀雄の弟弟子だよ)、個人というものが先ず有らねばならぬのだという執着が鼻につきすぎてゲンナリするときもあって、自分との関係は彗星型になっている。とは言ってもそんなに長周期でもなく、3年に一回くらいは接近期がくる作家であって、本棚から消えることはない。その隆慶一郎の諸作のなかでも最も魅力的だとおもっている「死ぬことと見つけたり」の結末に、以前は感じなかった違和感を覚えるようになった。自分自身が殉死を禁じられ、ではどうするか、ということに向かい合わなければならなくなった今夏、そもそも禁止されるという事が、死のうと思っている人間に対して何の拘束になるのか判らなくなったからだ。

 

禁を破ると残された人間が困る、だから禁を犯していないと言い張るための名目を立てる。しかしそれはシビトの論理であるのか。後先考えずにシぐるうのではなかったのか。


これまでシビトのような生き方を望んできたボク自身の結論は、寿命の到来を殉死の許しとして、それが得られるまで、歩き、はなし、メシをくい、クソをたれるシシャとして時をすり潰すという事であった(※)。そもそも禁止とは、それを申し渡される対象が生きている時にのみ有効なものであって、とすれば時をすり潰して伏して待つというのは後先を考えてしまった者に対する罰として成立するのだから、禁止に従い、それを待ち続けるのは筋道の通った処し方であると言えないか。それと同時に、禁止が禁止として成立するということは、ボクがくるいきれていないということであって、その不純さを認めないのも浅ましさの上塗りではないか。
そのような整理のもと、彼岸と此岸の間で寿命を待つ暮らしを受容するに至ったのがこのお盆であった。我が家は墓所となり、我は墓守となり、ただひたすら許しを待つ。そういう結論である(21世紀の墓所なのでAmazon Primeは見られはするのだけど)。
※すり潰すといえばあの台詞なので、正確を期すために検索しようと「いやだわ」まで入力したところ、補完候補にそのまま出てくる...。あまりの事に引用をやめ、代わりにこの注記を行うモノ也。

平均寿命というものが、平均的ではない出来事に遭遇したボクにも、平均の逃れがたさをもって襲いかかるのだろうから、あと30年は彼岸、此岸いずれの岸にも属さず暮らしていく事になる。30年。それも受容すると決めての墓守の暮らしであるが。

 


さて、有り様と目的に整理がついた。此岸に籍がないシシャの墓守として、30年墓を守っていくための環境の構築に着手することにしよう。ボクは目的がないと布団から出られないタイプなのだ。
シシャであっても金はいる。腹も減れば、家も壊れる。だから金を稼ごう。俸禄をくれる会社を儲けさせることにしよう。
生者の群れを忌避していると最後には滅し尽そうと思う事になる。すくなくとも生者の群れに耐えるすべを学ぼう。そうしないと墓守すら務められなくなる。まずは軽いところからでも折り合っていこう。生者の群れに戻る必要はないのだ、ただ折り合えばよいのだ。大丈夫、やれるさ。

 

という事で、本日8/28は金曜の続きを行うことにする。17:30に退社して、そこからオクトーバーフェストに向かうのだ。課題は「生者の群れに耐える」。さてどうなるか。

 

 

19:20追記。

距離を保って眺めれば、生者もそれぞれに特徴を持っている。夫々がそれぞれのアテに向かってすれ違いながら歩いている。そこに混ざろうとはもはや思わないが、それぞれがゴールにたどり着ければ良いと思う。会社員の集団も、家族連れも、女の子同士のあつまりも、男の子同士のあつまりも、もしかしてこの人はキレイと言われそうなのに(実は美醜がよくわからん)一人でいる人も、カップルも。

まるでfive yearsの様だがその通り。(ボクの)世界には期限があり、(一人一人は生き物として滅するにしても)不滅である君達が通りを歩いているのを眺めるのが、たまらなくたのしい。

さあ、目的のための闘争を始めよう。君達は永遠を生きろ。ボクは定められた期限のうちに、最大の効果を目的にもたらそう。そして彼岸に渡ろう。

 

 

と一時間半酔っ払っているうちに日は既に暮れ、飲んだビールは、ヴィタスが都合1リットル。度数が7.8%なのでそろそろ回る。生者の群れとも折り合いが付くかも、という期待が溶ける前に帰ることにする。秋風がふいてきた。

明日また明日。