all things must pass

記録と備忘録による自己同一性の維持を目的とするものです。

08/15 ひっこみが付かなくなるという事について

(いつにも増してモヤっとした書き方になっちゃいましたなあ、今回)

 

人脈構築が得意な、新しげなネタを引っ張ってきて周りの人をワクワクさせるのが上手な、そういうタイプの能力に長けた人がいる。彼らのうちで以下の条件をANDで満たす人たちのことを、ワタシはワクワク系と呼んでいる。

 

  1. 自営業やスモールカンパニーの代表など独立系で生計を立てている人たち
  2. 商品を売るのではなく、売るのは自分自身の能力やワークという人たち

 

今日は予告を曲げて(またかよ)、CTIに対する愛を記すのではなく、ワクワク系に対するシンパシーを綴ってみたい。


まず最初に断言しちゃうけど、ワクワク系の人たちはビジネスができない。と言っても彼らが貧乏だと言っている訳じゃない。彼ら自身はどちらかというと上手くご飯を食べていくタイプだ。そうじゃなくて、関わった人たちの持っているアイディアやリソースをうまくオーガナイズして、普遍性のある、持続性のある、成長性のある事業としてのビジネスに仕立て上げることが苦手だということだ。
でも、ワクワクさせるのは得意だ。だから/そして、何かを持っている人たち、でも今の状況に対して満足していない(※)人たちが集まっているところに、彼らはそっと寄ってくる。
※ より発展したいというポジティブな場合もあれば、何とかしないとマズイというネガティブな場合もある。

 

例えば、地域が持つ人的・歴史的に固有のリソースや、その地域の公共の施策をバックボーンとする人的な集まりなんかは、彼らを発見しやすい気がするな。その場所に固有の仕事なり、文化なり、伝統なりを維持していく意志を持った人たちが集っているコミュニティは、一人ひとりにパワーがある分だけ、彼らが「仕事」をしやすいんじゃないかなと思うのだ。(事実を摘示しているつもりは毛頭ないので為念)

もちろん、彼らの中の最良の一群は、ヒントやアドヴァイスを求める人たちに対して、それを与えられる人を、自分の人脈を介して結び付けるという事をキチンとやっている。そういうコンサル的な、フィクサー的な人もちゃんといるのだけど、ワクワク系の人たちの通ったあとには中途半端な、生煮えな残骸が転がりがちな気がする。人を巻き込んで組織や会社を作り、二、三年続いたかと思うと、ある日WEBの更新が止まる、とかね。なぜなんだろう。彼ら自身の肩書きはイベンターやクリエイターやデザイナーである事が多いような気がするのだけど、それとの関係があったりするのだろうか。それらの肩書きは、どれも点としてのワークを扱うものばかりで事業じゃない。その事と、彼らが手がけた案件は長くて二、三年でしぼんでいくことに何らかの因果関係があるのだろうか。

 

さて、そんなワクワク系の人に、本当にビジネス実現の期待を寄せる人が出てきたらどうなるんだろう?
期待するなと言うほうが無理で、多くの人は、

 ワクワクさせてくれる人 ≒ 何かやってそうなくれる人

というイメージを持っている(ワタシは残念ながら違うが)。だから、回数をこなしていくことが出来れば、いつかは大物案件に当たることになる(当たってしまうことになる)。そのとき、ワクワク系の人は何をするんだろう。ビジネスの実現の為に奮闘するだろうか?でも、ビジネスを立ち上げて、成功させられるんならワクワク系なんかいつまでもやってないよね。そして、実は本人もきっと気がついている。そりゃそうだ、バカにワクワク系はやり続けられないもの。


つまりそれって、極論すると「ビジョンという名のネタに感心した人が金主となって、スタートアップ能力が無いと自覚している人(ただし金主はそれを理解していない)にベンチャーをやらせる」という構図だ。
こういうのって、相当に地獄だと思う。

 

しかもベンチャーとして始めるからには、そこに寄ってくる人たちがいる。たかりとかそんなんじゃなくて、大きく成功したいなら最初にやっとかなきゃならない事ってあるよね、という「常識的な」アドヴァイスを親切にもくれる人たちだ。これがまた地獄に拍車をかける気がする。

 


さあ、ロールプレイだ。ワタシが(もしくはアナタが)そんな立場に置かれたワクワク系の人ならどうするだろう。金主も、取り巻きも、事業を成功させてくれる筈のワタシ/アナタの一挙手一投足に注目している。何をやってくれるのだろう、どうやって成功してくれるのだろう。そんな圧力のなかでやれる事ってなんだろう。
バカじゃないから泥縄でナレッジを仕入れることはできる。でも、きっと教科書的な、無難なことしかできないし、金主が理解できる範囲のことしか選べないだろう。ビジネスに絶対はないので、成功しないことだって勿論ある。でも、みんなの反対を押し切って選んだ一手が失敗を呼び込むものだったとしたら?
プロは、みんなが反対する場合であっても、自分の中の理屈が真だと言うなら、(覚悟を決めて)その選択肢を選べる。というか、それが出来るからこそのプロだ。でもワタシ/アナタは、ワクワク系であってプロじゃない。だから、金主の文脈からすれば一見もっともだけど、よく考えれば(広く考えれば)相当に悪手になる選択肢の実行を迫られたら、きっとやってしまうだろう。

自分に根拠がないというのは、そういう事だ。

 

脳髄は人間の中の迷宮であるという観点からあえて許そう。 

そうだね、良いこと言うね。

だからワタシもワクワク系に対するシンパシーをあえて語ろう。ワクワク系として暮らしていくというのは大変なのだね。
そして許そう。
でも忘れない。

※本エントリーは、特定の事象や、個人を念頭に置いて書かれたものではありません、。誤解が生じて、しかもそれを解くことが自分の生活に死活的に関わるというダブルバインド状況におかれるということの辛さについて悲しみを表明するものです。..そこまで書かなきゃならないなら公開しなければいいのにねえ。業ですな。

 (11/2訂正)

ウソです。本件は全国区で波紋を呼んだ、地方発の「とある出来事」から受けた、多元的かつ深い悲しみを書き残すためのエントリです。その出来事には多分悪意は存在せず、経緯と、人物配置が織りなす、玉突き衝突的に不可避なダイナミクスのみがあったのだと思うのですが、それゆえに悲しみを誘うのです。

けっして自由ではいられないワクワク系という立ち位置の悲哀は、宮仕えのペーソスとも異なる切なさがあります。そして「事実と関係ありません」というフェイクを入れてでも、それを記録して、公開しなけりゃならぬというのは、確かにワタシの業なのです。

 

(2021/7/24追記)

もういいかな。これはオプソのはなしです。2018年の夏、日本のある業界を心底あきれさせた話がありました。どうしてその名前でなければならなかったのか。

きっとひっこみが付かなくなったのだろうなと思います。でなければ、あんなスゴイことやれません(言い出せません)。ただ、まわりがみんな『気の良い田舎の人』ばかりなのだから、やはりプロはそれなりの着地点を示してあげるべきだったと思います。今日の昼、何回か行ったこと*1がある某料亭の跡地を眼にしたので、3年後の追記を。

 

 

次こそCTIを。
Georege Bensonはやっぱり嫌いだ、とか。
(おい、CTIをほめるんじゃなかったのか?)

*1:法事とかそういうのね